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岡山地方裁判所 昭和46年(わ)145号 判決 1982年8月16日

裁判所書記官

今田俊夫

本籍

岡山市平野三三九 三四三番地

住居

同市田町二丁目九番一七号

金融業

内田萬喜治

明治三九年一〇月一八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官佐藤信昭出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役五月及び罰金四百万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人秋田豊美・同谷本明に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、岡山市田町二丁目九番一七号に居住し、貸金業を営むかたわら貸家をして家賃収入を得ているものであるが、所得税を免れようと企て、

第一、昭和四二年一月一日から同年一二月三一日までの昭和四二年中における総所得金額は一七、一一一、五一二円で、これに対する所得税額は七、八四五、一〇〇円であるのにかかわらず架空名義の預金をする等して所得の一部を秘匿したうえ、昭和四三年三月一四日岡山市天神町三番二三号岡山税務署において、同税務署長に対し、自己の総所得金額は七、八八〇、九〇〇円で、これに対する所得税額は二、八八六、八〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、差額四、九五八、三〇〇円を納期限までに納付せず、もつて不正の行為により同額の税をほ脱し、

第二、昭和四三年一月一日から同年一二月三一日までの昭和四三年中における総所得金額は二九、二八三、八二一円で、これに対する所得税額は一四、九七四、一〇〇円であるのにかかわらず、架空名義の預金をする等して所得の一部を秘匿したうえ、昭和四四年三月一五日前記岡山税務署において、同税務署長に対し、自己の総所得金額は九、三七七、六九〇円で、これに対する所得税額は三、六二〇、三〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、差額一一、三五三、八〇〇円を納期限までに納付せず、もつて、不正の行為により同額の税をほ脱し、

第三、昭和四四年一月一日から同年一二月三一日までの昭和四四年中における総所得金額は一四、九一〇、七一七円で、これに対する所得税額は六、五〇五、五〇〇円であるのにかかわらず、架空名義の預金をする等して所得の一部を秘匿したうえ、昭和四五年三月一四日前記岡山税務署において、同税務署長に対し、自己の総所得金額は一〇、三六五、三七七円で、これに対する所得税額は四、〇〇五、八〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、差額二、四九九、七〇〇円を納期限までに納付せず、もつて、不正の行為により同額の税をほ脱し

たものである。

(証拠の標目)

一、大本国税査察官作成の調査事績報告書

一、大蔵事務官加藤秀貴作成の査察官報告書三通並びに調査事績報告書

一、大蔵事務官浜田一馬作成の佐藤信昭検事宛の査察官報告書

一、野崎薫作成の証明書

一、大田勲作成の昭和四六年一月一三日付調査事績報告書

一、押収にかかる登記済証書(一袋)、領収書・メモ各一通、昭和四四年分確定申告・修正申告書・青色申告承認申請書綴一冊、昭和四三年分確定申告書一冊、昭和四二年分確定申告書・修正申告書綴一冊、昭和四一年貸金台帳(前)(昭和四六年押第九五号の六・一〇・三一・三二・三三・四〇)

一、熊沢孝久の大蔵事務官に対する質問顛末書

一、頼定聡・吉田武一郎の検察官に対する各供述調書

一、岡山税務署長作成の回答書

一、光岡寿志作成の上申書

一、被告人作成の上申書一七通、大蔵事務官に対する質問顛末書一二通、検察官に対する供述調書四通

(被告人及び弁護人の主張について)

一  被告人は、昭和四一年一二月三一日の時点において、検察官主張の外(1)武田常夫に対し、さらに四〇万円を、(2)光岡建設株式会社に対し、さらに五二万五、〇〇〇円を、(3)森安自動車工場に対し、さらに一九万円を、(4)三善産業に対し、さらに四五万円を余分に貸付けていた旨主張するので検討する。

(1)  武田常夫関係 前掲昭和四一年貸金台帳(前)によれば、被告人の主張する右四〇万円の貸金は既に同年末までに弁済されていることが明らかであり、被告人の主張は認められない。

(2)  光岡建設株式会社関係 前掲光岡寿志作成の上申書によれば、光岡建設株式会社に対する貸付金は昭和四一年末現在で合計一一二万円と認められ、被告人主張の五二万五、〇〇〇円はこの中に含まれるものであり、被告人の右主張は正当といわざるを得ない。

(3)  森安自動車工場関係 前掲昭和四一年貸金台帳(前)によれば、被告人の主張する右一九万円の貸金は同年一二月一四日弁済されていることが明らかであり、被告人の主張は認められない。

(4)  三善産業関係 被告人の主張する右四五万円の貸金の存在は前掲昭和四一年貸金台帳(前)にその記載がなく他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

二、被告人は、検察官は、昭和四四年において、被告人が建物(八四万七、一一三円)と土地(二〇五万円)を取得し、それだけ財産が増加したと主張するが、かかる事実はない旨主張するので検討する。

前掲各証拠によれば、被告人が昭和四四年一二月五日赤磐郡瀬戸町下字土井ノ内四一番地七に家屋番号四一番七の木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅を新築したこと、同年七月七日岡山市西大寺鉄町西の谷所在の山林三筆を取得し、さらに同年一二月二二日児島郡藤田村字都に雑種地一筆を取得したことが認められ、同年度において、右家屋新築によって八四万七、一一三円、右土地取得によって少なくとも検察官主張の二〇五万円の各財産の増加を来したことが明らかであり、これを否定する証拠はない。

三、弁護人は、被告人の主張する前記昭和四一年末における武田常夫に対する四〇万円、森安自動車工場に対する一九万円、三善産業に対する四五万円の各貸金について、その存在が認められないとしても、被告人が所得税申告に当たってこれありとして申告したことは判断の誤りにすぎず、そこに税ほ脱の犯意を認めることができないと主張する。しかしながら、所得税ほ脱犯については、申告所得と実際所得との差額全部について、その差額がいかなる勘定科目のいかなる脱漏額によって構成されているかまで具体的に認識する必要はなく、不正経理によって実際所得よりも過少な申告所得を算出して所得税をほ脱しているとの概括的な認識があれば所得税ほ脱犯の犯意ありとするに十分であると解するのが相当である。そうだとすれば、被告人の犯意が判示のとおりである以上、弁護人主張の右三口の貸付金に関しても犯意ありとするに何らの妨げがない。

四、さらに、弁護人は、検察官は昭和四三年分の所得税ほ脱額を当初四、〇四二、七〇〇円として起訴したが、昭和五七年二月五日訴因変更により、その額を一一、三五三、八〇〇円とするに至ったが、右増額部分は新たな起訴と目すべきものであり、既に公訴時効完成後にかかるものであるから、この部分は免訴すべきものであると主張する。しかしながら、所得税ほ脱罪は、偽りその他不正の行為により、所得税の額について所得税を免れることによって成立する罪であり各課税年分のほ脱所得税の額について全体として一個の罪が成立するものであるから、起訴後訴因変更によってほ脱額が増額されても、当初の起訴によってすでに当該年分のほ脱犯全体について公訴の時効が停止していると解すべきものであり、従って、増額分についてのみ公訴の時効が完成するいわれがない。この点の弁護人の主張も失当である。

(確定裁判の存在)

被告人は、昭和四七年八月八日当庁において、恐喝罪により懲役一年(三年間執行猶予)に処せられ、右裁判は昭和四八年七月一一日確定したものであって、右事実は、検察事務官作成の昭和五六年一月三〇日付前科調書によりこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも昭和五六年法律五四号附則五条により、同法による改正前の所得税法二三八条に当たるところ、右は前示確定裁判を経た罪と刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条により、まだ裁判を経ない判示罪についてさらに処断することとし、所定刑中いずれも懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文・一〇条により、犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、罰金刑については同法四八条二項により各罪の罰金の合算額以下において処断すべく、被告人を懲役五月及び罰金四百万円に処し、同法一八条を適用して、右罰金を完納することができないときは金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、犯情により、同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により証人秋田豊美・同谷本明に支給した分を被告人の負担とする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊宏)

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